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Vol.2 中南米ミステリーツアー 謎に包まれたインカ、マヤ、アステカ文明

カンペチュ州 カラクムルの古代マヤ都市 ©Mexico Tourism Board
天高くそびえたつ階段ピラミッドや、標高約2400mもの山あいに築かれた天空の都市……
その昔、中央アメリカや南アメリカには、マヤ、アステカ、インカなど、先住民族による高度な文明が栄えていました。現在、この地域に点在するそれらの遺跡の数多くが、世界遺産として登録されています。この地域の文明は、エジプト文明や中国文明のように、大河の流域に発展しなかったのが特徴です。
この、 「インカ、マヤ、アステカ」 という中南米の三大文明を、最新の研究をもとに紹介するのが7月14日 (土) より、上野の国立科学博物館で開催される 『失われた文明 「インカ・マヤ・アステカ」 展』 です。この展覧会では、日本人の私たちには思いもよらない、当時の人々の仰天の風習が紹介されています。
マヤ文明

≪ヒスイ製仮面≫ グアテマラ国立考古学民族学博物館蔵 ©義井 豊
中央アメリカのユカタン半島を中心に、2000年にもわたって栄え続けたマヤ文明。この文明は、天高くそびえる階段ピラミッドを造る高度な建築技術と、独自の暦や絵文字を持ちながら、鉄器や金属器、車輪を使用せず、家畜も使わなかったという、不思議な文明です。
このマヤ文明は、古くから小さな都市国家が興亡を繰り返していましたが、特に6世紀には、 「カラクムル」 と 「ティカル」 という2つの強国が、さながら日本の戦国時代のような覇権争いを繰り広げました。こちらは、 「カラクムル」 の神殿から出土した ≪ヒスイ製仮面≫ です。
マヤ地域では、現在のグアテマラの高地でしか採取できなかった翡翠は大変尊重され、王権の象徴とされました。また、その緑色が、生命の象徴と考えられていたため、王が亡くなるとこのようなマスクを翡翠やトルコ石で作り、遺体にかぶせて葬ることもありました。

≪太陽神の四脚土器≫ グアテマラ国立考古学民族学博物館 ©義井 豊
この皿の内部には、マヤ文字が記されている
独自の暦を持っていた彼らは、太陽の他、様々な星も観測しました。とくにマヤの人たちにとって金星は重要な星でした。彼らは金星の周期に合わせて戦争を行ったため、マヤの戦争は 「スター・ウォーズ」 と呼ばれています。
アステカ文明

≪ミクトランテクトリ神像≫ テンプロ・マジョール博物館蔵 ©義井 豊
「ミクトランテクトリ」 はアステカの冥界 「ミクトラン」 を支配する死の神
アステカ文明は14世紀から16世紀にかけて、現在のメキシコ中央部に栄えた文明です。現在のメキシコの首都、メキシコシティーの中心地はすっかり埋め立てられていますが、当時はそこに大きな湖がありました。アステカの首都、 「テノチティトラン」 は、この湖の上に築かれた湖上の都市でした。
その中心地にはアステカの主神殿 「テンプロ・マジョール」 があり、そこには、太陽神で軍神でもあった 「ウィツィロポチトリ」 と雨の神 「トラロック」 を祭る2つの神殿がそびえていました。
この神殿には、常に人間の生贄がささげられていましたが、たとえば1487年の神殿の増築記念には、4日間に数千人の生贄が、この神殿の前で生きたまま心臓をえぐられたといいます。
アステカの人々は、日々自分たちを生かしてくれる自然の神々に命をささげることで、自然のサイクルを正常に保とうと考えていたのです。

≪ワシの戦士≫ テンプロ・マジョール博物館蔵 ©義井 豊
ワシの頭飾りかぶり、翼を模した衣装をつけている
アステカでは、生贄を獲得するためだけに 「花の戦い」 という戦争が行われました。これはアステカの人々にとっては大変重要な戦争で、この戦争は 「ワシの戦士」 や 「ジャガーの戦士」 という、帝国のエリート軍団 が行いました。
インカ文明

マチュ・ピチュの歴史保護区
インカは、15世紀に現在のペルーを中心に巨大な権力を誇った文明です。インカの都市では標高2400mという高地にある天空の都市 「マチュ・ピチュ」 が知られていますが、実際の首都は現在のペルーの東南、クスコにありました。
インカの王は、このクスコを起点に 「インカ道」 と呼ばれる公道を網の目のように張り巡らせて、北は現在のコロンビアから南はチリ中部に至る南北約3000kmにも及ぶ長大な国家を支配しました。また、王はアンデス山脈の豊富な鉱物資源からとれる黄金を、神聖な王権の象徴とし、中央アンデス地域の民族を掌握していきました。
この中央アンデス地域には、昔から現在まで、家族のミイラを身近においてともに生活するという習慣があります。インカの皇帝も、亡くなるとミイラにされ、生きている時と同じように、召使に世話をされました。インカ王のミイラは、16世紀、インカの黄金に目がくらんだスペイン人によって焼き払われてしまいましたが、当時の記録によると、眼には金箔がはられ、肌も張りが保たれるような特別な処理がされていたということです。

≪チムーの金の装身具≫ ラルコ博物館蔵 ©義井 豊

≪父と子のミイラ≫ マルキ研究所蔵 ©義井 豊
【展覧会データ】
失われた文明 「インカ・マヤ・アステカ」 展
会期: 2007年7月14日 (土) ~ 2007年9月24日 (月・振休)
場所: 国立科学博物館
住所: 〒110-8718 東京都台東区上野公園7-20
TEL: 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
Posted on 2007/07/12 2007年07月 | 固定リンク |トラックバック (0)|このページの先頭へ